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浦和地方裁判所越谷支部 昭和57年(ヨ)26号

申請人

佐藤領成

(ほか一六名)

右申請人ら代理人弁護士

佐々木新一

(ほか四名)

被申請人

草加鋼業株式会社

右代表者代表清算人

合津嘉宣

右代理人弁護士

中原正人

主文

一  申請人らが被申請人に対し従業員としての地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人らに対し別紙(略)第二賃金目録2欄記載の金員並びに昭和五七年六月から昭和五七年一二月まで毎月二五日限り別紙第二賃金目録1欄記載の金員を仮に支払え。

三  申請人らのその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一  申請人ら

1  申請人らが被申請人に対し従業員としての地位を有することを仮に定める。

2  被申請人は申請人らに対し昭和五七年一月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り別紙第一賃金目録記載の金員を仮に支払え。

二  被申請人

申請人らの申請をいずれも却下する。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  被申請人草加鋼業株式会社(以下「会社」という。)は、昭和三九年七月三〇日、川鉄商事株式会社(以下「川鉄商事」という。)の全面出資により、草加伸鉄株式会社として設立され、昭和四七年草加鋼業株式会社と名称変更して現在に至っている会社であり、鉄鋼製品、特に伸鉄丸棒の製造を目的とし、現在、資本金二〇〇〇万円、従業員二〇名(嘱託二名を含む。)の会社である。

会社は、東京都港区浜松町二丁目四番一号の前記川鉄商事東京支店と同所に本社を置く外、埼玉県八潮市南後谷字粒田比二〇〇番地五に申請人らすべての従業員が勤務する草加工場を有している。

2  申請人らは、いずれも右会社従業員であり、会社の従業員で組織する草加鋼業労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。

申請人らは、昭和五七年一月二〇日現在会社から別紙第一賃金目録記載の賃金を毎月二五日限り支給を受けていた。

3  会社は、昭和五七年一月一八日全く突然に、会社を解散するとして、申請人ら全従業員を同年一月二〇日付で解雇する旨通告して来た。

4(一)  会社は、我国有数の鉄鋼会社である川崎製鉄の商事会社である川鉄商事の子会社で、その資本、運用資金、役員、仕入れ、販売の一切を川鉄商事に依拠し、業務運営の基本方針はすべて川鉄商事において決定されている、いわば、川鉄商事の実質上の一生産部門たる会社である。

即ち、昭和三九年、会社は、川鉄商事の全面出資によって設立され、歴代の代表取締役をはじめ役員、管理職はすべて川鉄商事の役員、従業員で占めて来たのであり、昭和五七年一月当時の会社代表取締役合津嘉宣、取締役工場長代理杉本和雄も川鉄商事の社員である。彼らは川鉄商事における社員の身分を有したまま出向し、役員報酬も川鉄商事から支給を受けている。

また、会社の株式は、川鉄商事において四五パーセントを占めその余の株式の大半も同会社の関連会社で占められている。

会社は、素材原料の八〇パーセント以上を川鉄商事から仕入れ、また、川鉄商事においてその製品(丸棒伸鉄)の八〇パーセント以上を買い上げ、これを通じて販売されて来た。

以上のとおり、会社は法形式上は、川鉄商事とは別の法人格を有するものの実質上は、川鉄商事の一生産工場として同社の完全支配の下にある。

(二)  会社は、昭和五二年いわゆる石油ショックの影響等により経営が悪化し、累積赤字三億数千万円を計上したが、当時川鉄商事の主導で会社の人員整理、事業縮小を行なうことにより、右の事態を切りぬけ、昭和五三年、昭和五四年には黒字計上するに至り累積赤字を大巾に埋めるに至った。

ところが、業界不況の理由で、昭和五五年九月頃から生産調整に入り、ついで昭和五六年一一月より昭和五七年一月二〇日再開予定で、操業停止、一時帰休に入った。

会社は、この間昭和五七年一月二〇日操業再開の予定で、少なくとも、その準備のため昭和五六年一二月末頃までは、材料仕入れ、圧延ロール等設備の仕入れを行い、現に申請人らに対しても「一月操業再開」を言明してきたのである。

申請人らは、一月二〇日の操業再開を心待ちにしていた矢先であった。

(三)  しかしながら会社は、昭和五七年一月一八日全く突然に、組合、申請人らに、事前に何等の協議もなく「会社解散」を理由とした全員解雇を通告してきた。

会社は解散の理由として「伸鉄業界の長期にわたる構造的不況の中で、極端な需要不振」を抽象的に言うのみであるが、会社債務としては会社説明でも、「川鉄商事に対する一億七九〇〇万円の買掛金債務が存するにとどまり、他の負債は全く存しない」状況であり、昭和五二年当時の累積赤字の半分に留まっている。

一方会社資産の土地建物(土地約一二〇〇坪及び工場建物棟)には何らの担保も設定されていない。しかも業界は逆に上伸基調にある。

してみると、会社は、その維持存続が危機に瀕している状況にはなく、このまま推移すれば倒産必至という状況では決してない。

(四)  そして、前記のとおり、会社の業務運営の基本方針は、すべて、川鉄商事の完全支配の下にあり、かつ、本件解散と同時期の二月二日、同じく川鉄商事の子会社で、鉄の二次製品を生産する日本帯鉄株式会社(東京都荒川区)が破産の申立を行なった事を合わせると本件会社解散、全員解雇は川鉄商事による子会社のスクラップアンドビルド政策の貫徹といわざるを得ない。

5  会社の申請人らに対する本件解雇は以下の理由により無効である。

(一) 労働協約違反

(1) 労働組合と会社との間には昭和五二年七月二九日成立した「あらゆる問題について(労使間で)協議して対処する。」という労働協約が存在する。

即ち、昭和五二年七月会社は、川鉄商事参加のもとに、人員整理、事業縮小を行う際、組合が労使協議制の確立を要求して、団交を数度に渡って行なったところ、同月二九日、これを認めるに至り、同日団交において「あらゆる問題について労使間で協議して対処する」旨確認し、労使双方ともその団交議事録に署名確認するに至った。

爾来、右内容は会社内における確立した労使慣行として、一時帰休その他の実施にあたっては、かならず労使協議を経て行なわれて来た。

特に昭和五六年十一月一時帰休の実施に際しての労使協議は、その延長変更の際は、「一週間前に組合に通告」し協議する旨協約化されてきた。

(2) 会社は組合との間で本件解雇について何等労使協議を行なっていない。

(イ) 会社は昭和五七年一月一八日午前九時、組合三役を会議室によび、「経営不振による従業員の解雇に伴う退職金等の取扱いについて(申入)」と題する文書(<証拠略>)を手渡した。

この文書は「会社を解散し、永久に事業を終らせることにしました。この為……昭和五七年一月二〇日付をもって……従業員の全員を解雇する。」とあり、従前の経過に照らし全く突然の申し入れであるため、組合三役が「ちょっとまて検討する。」と申しのべたところ、社長合津は、「私が全従業員に会社解散、解雇を言いわたす。」として、三役の制止を振りきって全従業員がよびあつめられていた食堂で、申入書をよみあげ、全員に解雇通知書を手渡した。

そして通知書をわたすや直ちに会社側は退席した。

(ロ) 労働組合は、その後直ちに草加地区労と協議の上で、「会社解散問題に関し、労使双方で充分協議し、円満解決をはかること、労使円満合意がみられるまでは、解雇通知書を撤回する。」との趣旨の申入書を提出し、団交を要求したが、一月一八日、一九日、二〇日の団体交渉においても、ただ単に「業界不況」を抽象的に繰り返すのみで、具体的な説明を全くなさず、かつ、会社の帳簿、資料等組合の要請する資料さえ全く提出せず、極めて不誠実な対応に終始した。

(ハ) 以上のとおり、会社は、会社解散、全員解雇について、組合との間で事前に何等の協議もせず、全く突然かつ一方的に強行したものであり、事後においても、全く具体的な説明も、資料の提出も行なっていないのである。

これは、前記労働協約に基づく、協議義務に明白に違反するものであり、本件解雇の無効は明白である。

(二) 労使協議義務違反

(1) 会社は、「倒産ないし解散、そしてこれにともなう全員解雇という重大事態にあたって、労使協議に関する労働協約の有無にかかわらず、組合に対し、誠意を以って、全員解雇の必要かつ正当な理由、その原因である会社解散の必要かつ正当な理由について、通常人ならば納得のゆく程度に説明し、組合から解雇の諸条件等について意見を聞き、これについて折衝する等して、全員解雇の意思表示をする前に信義則に基づく審議、協議を尽くさなくてはならない義務の存する」ことは明らかであり、確立した判例である。

まして、本件においては、確立した労使慣行として、また、労使間の確認として、労使協議制が確立していたのである。

(2) ところで、前記のとおり、会社は、本件会社解散全員解雇にあたって一片の事前の協議もなさず、かつ、事後においても具体的な説明も、組合の要請する資料も全く提出せず、組合を納得させるべき努力を全く行っていない。

従って、本件解雇は以上の労使間の信義則違反として無効であるが、更に確立した合意事項に基づき、労使慣行として労使協議制が確立していたことを考え合わせると、その違反の程度は極めて顕著なものである。

(三) 解雇の合理的理由の不存在

(1) 本件解雇は、会社解散を原因としたものであるが、本件会社解散の合理的理由は、どこにも見い出し難い。

既に述べたとおり、本件会社解散、全員解雇は、親会社たる川鉄商事の計画した、その一生産部門の切り捨てに他ならない。

また、会社の負債としては、親会社たる川鉄商事に対する、一億七九〇〇万円も也の買掛金債務が存するにすぎず、昭和五二年当時の半分に留まっており会社資産の土地建物には何らの担保も設定されておらず、又業界は不況とはいうものの逆に市況は上伸基調にある。

昭和五二年、三億数千万円の赤字を計上しながらこの経営危機を乗り越えて来たのであって、その約半分の一億八千万円弱の赤字にすぎず、かつそれも親会社たる川鉄商事に対する買掛金債務に留まっているのであるから、今日の事態を企業を維持しながら乗り越えられないはずはないのである。会社の純資産は明らかに黒字を計上しているのである。

以上のように、いかなる観点からみても、その維持存続を不可能ならしめるほどの経営危機が現実に切迫している状況にはなく、会社解散の必要性、合理的理由はどこにも見い出し難い。

(2) 本件解雇は、労働者を全く自ら責めに帰すことない事由によって、一方的に企業外へ排除し、しかも一般に不況下で、再就職は困難な状態に置かれることとなり、労働者の生存そのものを根底から危機に陥し入れるものである。一般的に企業は、希望退職その他解雇をできる限り回避するべき、経営努力、解雇回避義務が課せられている。ましては、五〇代二名を含み平均年齢四三歳の従業員をかかえる会社にとって、家族を含めてその生活をおそう危機も格別に大きく、また中高年齢という点で再就職の機会も著るしく困難であることを考えれば、会社としては可能なかぎり解雇を回避するべき義務が特に強く求められているというべきである。

しかし、会社は、いかなる経営努力も解雇を回避するための努力も行なっていない。

以上のとおり、本件解雇の必要性、正当性はどこにも存せず、従ってその無効は明白である。

(四) 解雇権の濫用

解雇は、労働力を売る以外に何ら生活の手段を持たない労働者とその家族の生存そのものを危機に陥し入れるものであるから、当然にそれを必要とする正当理由を要求されることは言うまでもない。従って、解雇にあたっては、会社に解雇しなければならない合理的な理由が存在することはもち論、解雇を回避するべく企業努力をつくすと共に事前に、解雇の必要性、正当性について、組合との間で資料をもって十分に協議説明しその納得を得るべく努力するべき手続義務を要求されるべきものである。

しかしながら、既に述べて来たように、本件会社解散、全員解雇にあたって、そのすべてを欠如していることは明白である。

よって、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。

6  保全の必要性、緊急性

申請人らが会社の従業員たる地位を失った場合に、同人らを襲う生活上の危機は明白・重大である。

申請人らの年齢構成は、二〇歳代一名、三〇歳代三名、四〇歳代一一名、五〇歳代二名の平均年齢四三歳と比較的高齢である。

右の事実から明らかなように、申請人らの多くは、平均三人ないし四人の家族をかかえる、いわば一家の大黒柱である。本人が病気がちの渡辺健造の他、佐藤領成のように病弱の妻をかかえる者もいる。

申請人らの子供は、幼稚園から大学生までと、養育・教育に多大の出費を要する時期であり、住宅ローンや家賃の支払も家計の大きな負担となっている。

申請人らのうち未婚の者は、いずれも婚期に達しており、安定した家庭生活の基礎を築くべき重要な時期である。

申請人らは、一時帰休の時期は本人らのアルバイトばかりか妻帯者は妻のアルバイトによる援助を受けつつ、生計をたててきたが、休業手当の大幅減少が大きく影響し、不況下の物価高の下で貯蓄が底をつき、日常の生活費にも事欠く実情である。

申請人らの多くは持家者で、ただでさえ不況の下にあって、地元に適当な職場確保もむずかしく、年齢も比較的高齢であるため、再就職は困難が予想され、ほとんど期待できない。

ちなみに、昭和五二年、業務縮小にともなって希望退職した者たちの大半は、土工、臨時工、下請工などをして、かろうじて食いつないでいるものの到底まともな生活ができていないことは、このことを端的に物語っている。

現に、昭和五七年一月一八日の解雇通知を受けて以来、申請人らの生活は危機にひんしており、現在この極限状態は一刻の猶予もならないものであって、同人らが会社の従業員たる地位を、早急に確保されるべきである。

以上のとおり、本件において保全の必要性、緊急性は極めて高い。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1はおおむね認める。ただし、会社は、昭和五七年一月二四日株主総会を開催し、会社解散の決議をするとともに、清算人として合津嘉宣、杉本和雄を選任し、同年二月五日解散登記をし、現在清算中である。

2  同2は賃金の額を争い、その余の事実は認める。

賃金の額は、別紙第二賃金目録1欄記載のとおりである。

3  同3は「全く突然に」という点を否認し、その余の事実は認める。

4(一)  同4(一)は、昭和三九年会社が川鉄商事の全面出資により設立されたこと、会社前代表取締役合津嘉宣、前取締役工場長代理杉本和雄が川鉄商事の社員でもあること、同人らが川鉄商事における社員の身分を有したまま出向し、役員報酬を川鉄商事から支給を受けていたこと、会社の株式のうち川鉄商事において四〇パーセント、その余の株式の相当部分を同会社の関連会社が占めていたこと、会社が素材原料の八〇パーセント以上を川鉄商事から仕入れ、またその製品の八〇パーセント以上を同社が買い上げていたことは認める。その余は争う。

(二)  同(二)のうち、会社が昭和五二年、いわゆる石油ショックの影響により経営が悪化し、累積赤字約二億円を計上したこと、当時会社が人員整理事業縮小を行なったこと、昭和五四年六月度、同五五年六月度黒字を計上するに至り、累積赤字を大巾に埋めるに至ったこと会社が業界の不況等の理由により昭和五五年九月から生産調整に入り、ついで昭和五六年一一月より同五七年一月二〇日までの間操業停止、一時帰休を行なっていることは認める。その余は争う。

昭和五六年一二月末頃まで材料を仕入れたことは、継続的供給契約の性質上止むを得なかったものであり圧延ロールを買入れたことは、長期休業の予測がつかなかった同年八月下旬に発注したものを受入れたにすぎない。

(三)  同(三)のうち、会社が昭和五七年一月一八日、組合及び申請人らに会社解散を理由に全員解雇を通告したこと、会社が解散の理由として「伸鉄業界の長期にわたる構造的不況の中で、極端な需要不振」等をあげたこと、会社資産の土地建物には何らの担保も設定されていないことは認める。その余は争う。

会社の土地建物について担保を設定していないのは訴訟中のもので所有権予告登記を受けているところから、担保に供しようとしても供しえない為である。

なお、会社の解散、解雇の理由については後記被申請人の抗弁及び主張のとおりである。

(四)  同(四)はすべて争う。

本件会社の解散、従業員の解雇は、会社がこれを決意しなしたものであって、川鉄商事の意思に従うものではない。

5(一)(1) 同5(一)(1)は、そのうち昭和五二年七月会社が人員整理、事業縮小を行う際、組合が労使協議制の確立を要求し、団体交渉を数度にわたって行ったこと、同年七月二九日団体交渉において「あらゆる『労使』問題に関して充分協議していく」旨確認し、労使双方ともその団交議事録に署名していること、一時帰休の実施にあたっては、必ず労使協議を経て行われてきたことは認める。その余は争う。

申請人らの主張する労働協約とは、右団交議事録(<証拠略>)によるものであるが、それには組合が「次の言葉を社長の発言としてまとめたい。事前協議制の協定書はあえてとり交さないが、従来通りあらゆる労使問題に関して充分協議して行くことに代りない。」、社長「分った」との記載部分である。これは組合自ら「協定書はあえてとり交さないが」と述べているように労働協約を締結したものではない。

また、仮に右の部分が労働協約としての効力を有するとしても、それは本件のように会社解散にともなう解雇まで含むものではない。即ち、そこで協議の対象とされる事項は「労使問題」であり、「労使問題」という以上、それはあくまでも会社存続を前提とするのである。本件のように会社解散にともなう解雇の場合は、会社解散の必然的結果であって、組合とその従業員を解雇するかどうかについて協議すること自体何ら意味がないからである。

(2)(イ) 同5一(2)(イ)のうち会社が昭和五七年一月一八日午前九時、組合三役を会議室に呼び申請人ら主張の文書を手渡したこと、右文書が申請人ら主張の内容であること、会社社長合津が「全従業員に会社解散、解雇を言いわたす。」として全従業員を呼び集めていた食堂で右申入書を読み上げ、全員に解雇通知書を手渡したことは認める。その余は争う。

(ロ) 同(ロ)のうち、組合が会社に対し申請人ら主張の申入書を提出し、団体交渉を要求したこと、一月一八日、一九日、二〇日団体交渉が開催されたことは認める。会社の解雇申入後組合が、直ちに草加地区労と協議したことは不知。その余は争う。

(ハ) 同(ハ)は争う。

(二) 同5(二)(1)(2)、同5(三)(1)ないし(3)、同5(四)は争う。

(三)  なお、会社の解散、解雇の理由、組合との交渉の経緯は、後記被申請人の抗弁及び主張のとおりである。

6(一)  同6のうち、申請人らの年令構成が二〇歳代一名、三〇歳代三名、四〇歳代一一名、五〇歳代二名で平均年令約四三歳であることは認め、申請人らの多くが平均三人の家族を有し、一家の大黒柱であるとの点、申請人らの子供が幼稚園から大学生までで、養育教育に多大の出費を要する時期であり、住宅ローンや家賃の支払も家族の大きな負担となっているとの点、申請人らのうち未婚の者は、いずれも婚期に達しており、安定した家庭生活の基礎を築くべき重要な時期であるとの点、申請人らが一時帰休の時期は本人らのアルバイトばかりか妻帯者は妻のアルバイトによる援助を受けていたとの点、申請人らの多くが持家者であるとの点は特に争わない。その余は争う。

(二)  会社は申請人らの解雇に当り、解雇予告手当として一か月分の賃金相当額を支払い、また退職金として規定額の五割増を支払うことを申しいで、更には就職あっせん先のリストを提示して再就職に最大限の努力を払うことを表明し、加えてその後の団体交渉の席上更に退職金につき上積みの用意があることを表明している。

そうであれば、従来においては申請人らを、後述のとおり、不安定な立場に置いたばかりでなく、休業手当として平均賃金の七割相当額程度しか支払っていなかった状況に鑑みれば、本件においては保全の必要性、緊急性はない。

三  被申請人の抗弁及び主張

1  わが国における伸鉄業は、以下に述べるとおり、昭和四九年をピークに漸次悪化の傾向を辿り、業者の淘汰が行われ、その数も激減したが、需要回復のきざしさえみえていない。このような経済環境のなかで、会社は、その生産を抑制することを余儀なくされ、休業しなければならなかったし、その損益状況も赤字につぐ赤字となって赤字が累増していた。

そして会社が伸鉄丸棒の生産を依然として継続するならば、更に赤字は増え、従業員に対する退職金でさえ支払えなくなる虞れがあった。そこで会社は、やむなく昭和五七年一月二四日株主総会で会社解散を決議し、清算手続に入ったが、本件解雇は、右解散にともなってなされたものである。

2(一)  会社の生産する小形棒鋼は、需要が減退し、その主力の生産者である電炉メーカーの能力のみでも設備過剰となり、電炉メーカーすら万年不況業種として通産省指導の下に一部廃業を検討中である。まして、JIS規格の認定が得られない伸鉄メーカーの丸棒は、その使用が困難となり、その販路は縮小している。更に伸鉄材料となるべき厚板端切れ又は解体屑の発生量はメーカーの歩留向上、工事の落込みにより減少傾向にあり、また大巾な値下りの時には東南アジア方面へ輸出される等から電炉の主原料であるスクラップに比し下方硬直的でいわゆる原料高の製品安となっており、この状況がかわる見込みは皆無に等しい。

かくして伸鉄メーカーは、長期にわたる赤字操業と先行悲観的見通しから転廃業が相次ぎ、昭和三九年頃には全国で約一九〇社あったと見られるメーカーが昭和五七年一月現在八八社に減少し、特に関東地区では三〇数社が一二社に激減し、うち会社を含め二社が休業中であった。

(二)  会社は、昭和五一年六月度、同五二年六月度とも市況悪化による経営不振により各年度操業短縮のための休業を繰返し、特に同五二年六月度については延約半年間にわたり休業している。そのため会社の累積赤字の実質は昭和五二年六月三〇日現在で合計資本金の約九倍に当る約一億八〇〇〇万円に達した。

しかも、かかる休業の措置のみでは到底経営が、成立ちゆかないところから、同五二年八月会社は従来二九名いた従業員を一八名(現業員一七名、事務員一名)とし、これにともない生産量も約三分の一減少して再建をはかることとし、希望退職を募集して一七名による月間一一〇〇トンから一二〇〇トン体制で操業を継続することとした。この間引続き二か月間も休業を継続せざるを得なかったばかりか、その後も経営状況は好転せず、結局昭和五三年六月度累積赤字は約二億円に達した。

もっとも、昭和五四年六月度、同五五年六月度に至り製品価格の一時的高騰により黒字に転じたが、それでも累積赤字を一掃することができなかった。

そして、昭和五五年の後半に至り需要の急激な減退から製品価格は暴落し、会社も赤字操業に転落し、同年一〇月以降は休業を繰返し、昭和五六年一一月以降は遂に完全な休業の状態に入っていた。また、累積赤字は、昭和五六年六月三〇日現在では一億一六〇〇万円に、同年一二月三一日現在では一億六〇〇〇万円に達し、同五七年二月六日現在では約一億七五〇〇万円に達する見込みであり、最早会社の廃業は時間の問題となっていた。

(三)  更に会社は、生産設備の老朽化が進んで補修費の増加と製品の劣化が起き、レイアウトの不備により同業他社に比し人件費、燃料費等が割高となり、累積赤字の増大により、金利が急速に増加してコストを押し上げること等から会社の生産コストが著しく増大していた。そして、会社が今後赤字をださずに企業を存続していくには、材料仕入価格と製品の販売価格に屯当り二万円の差が必要であり、月間一一〇〇屯販売できるのでなければ、重油、電力、人件費等の諸経費をまかなうことはできない。しかし現時点で両者の差は一万四一〇〇円であり、しかも市況不振から将来の見通しにおいてその差が二万円に達することは到底考えられない。

(四)  そこで、会社としては、他業種への転換、例えば、スクラップ処理業、鉄筋加工業、薄板コイル切断業、鋼材のリース工場下請業への転換を具体的に検討したが、結局敷地の狭さ、地盤の弱さ等の問題からいずれも不可能と判断され、他業種へ転換することもできなかった。

(五)  以上のとおり、会社をこのまま存続するとすれば、更に赤字を続けるだけであって、将来の見通しも全くないところから、早晩破産の事態を迎えることは火を見るより明らかであり、そうなれば従業員に対する退職金の支払さえも不可能となるところから、会社はやむを得ず解散を決議し、全従業員を解雇することとしたものであって、右解散、解雇の必要性の存したことは自ら明らかである。

3  また会社の会社解散、解雇をめぐる組合との交渉の経緯は次のとおりであって、十分協議を尽している。

(一) 昭和五六年一〇月以降、会社は、売行不振と赤字累増を少しでも打開するため休業を長期化したが、この間会社は組合に対しその都度伸鉄業界の不振状況並びに会社の赤字増大状況を数字をあげて説明した。

(二) また、同年一一月には休業手当をめぐる団体交渉の席上、会社は組合に対し、万一の事態(工場閉鎖)に備えて土地の評価をさせたこと、伸鉄丸棒の売行不振は著しく、昭和五二年当時(希望退職者を募集して企業規模縮小)より経営悪化の懸念があること、最悪時に備えて一部従業員を吸収しうるよう業種転換を考えていること、電力契約の打切りも検討していること、銀行が貸出しを渋り、金繰りが困難となっていること、基本的に工場閉鎖も検討していること等を説明した。そして、その際組合の佐藤委員長は会社に対し「三月まで市況不振濃厚だが、それまで会社はもつのか、私は二月まで再開できねば会社はダメになるとみている。」との見解を述べた。

(三) また、昭和五七年一月に入り、会社は組合役員に対し、かねて発表しているように社長は業種転換を計るべく連日のようにほん走しているが、成果のないこと、従来は業界の大勢の意見は不況は三月までということであったが、その後更に悪化して長びく見通しであること、そのため会社も対策に苦慮している旨説明した。

しかして、会社は、前項で述べたとおり、会社を解散する以外とるべき途はないと判断し、昭和五七年一月一八日組合に対し、この結論を伝えるとともに、同月二〇日をもって全従業員を解雇することを伝え、あわせて退職金につき規定額の五割増を支給すること、就職あっせん先のリストを提出し、従業員の再就職に最大限の努力を払うことを表明した。

(四) 引き続き、同日、一九日、二〇日と三日間延べ二一時間にわたり団体交渉を行ない、席上会社は組合に対し、会社解散の必要性並びに全従業員解雇の必要性について、昭和五六年一二月末の会社売上高、欠損状況、累積欠損状況を具体的に数字をあげて説明するとともに、製品コストの資料を示してその不採算性を明らかにし、更にはそれが業界の構造的体質に起因するものであることなどを詳細に説明した。

(五) また、同月三〇日にも会社は組合の要求に応じて団体交渉を行ない、更に同年二月二四日会社は組合との団体交渉において、組合に対して過去五年間の貸借対照表、損益計算書並びに税務署に対する確定申告書を提示してその説明を行なうとともに、各年度の平均材料費、製品価格等から、製品価格と材料費との差が二万円なければ会社の経営は成立たないこと、しかし伸鉄業界の不振並びに材料費の高騰により将来その採算点に乗る可能性の全く見出しがたいことを説明し、退職金を支払える状況のうちに会社を解散して全従業員を解雇する以外会社のとるべき道のないことを条理を尽して説明した。

(六) 更に三月一七日会社は組合と団体交渉形式の説明会を開催し、組合から要求のあった過去五年間の決算の内訳書即ち売上原価の内訳・製造原価報告書・一般管理費の内訳を提示してその説明を行なうとともに、会社解散並びに全従業員解雇の必要性につき具体的に説明した。

(七) その後も、同年四月八日、被申請人会社は組合と団体交渉を行ない、席上会社は「月別材料仕入明細書」、「コスト二万円の資料」を提示して、材料費を除き屯当りコストが二万円を超えていることを決算書上の数字を示して説明し、更に会社は組合に昭和五六年一二月末日時点でその差が一万四一〇〇円にすぎないこと、しかも伸鉄業界の不振並びに材料費の高騰により将来その採算点に乗る可能性の全く見出しがたいことなどを説明し、会社が解散しなければならなかった事情、その結果全従業員を解雇するに至った事情等を説明した。

4  なお、仮に昭和五七年一月二〇日付の解雇に関する事前協議が不十分であるとして協議義務を尽していないとしても、既に述べたように一月三〇日、二月二四日、三月一七日それぞれ会社解散、解雇に関する必要性につき、具体的にかつ必要な資料を提示して説明し、十分協議を尽しているから、協議義務違反の瑕疵は治ゆされた。

5  仮に以上の主張に理由がないとしても、会社は次のとおり予備的に解雇通告をしたので、解雇の効力が生じている。

即ち、会社は前述のとおり、遅くとも同年四月八日時点においては十分協議を尽している。そして会社は申請人らに対し同年四月一五日、同年四月二〇日付をもって、同年一月二〇日付の解雇が無効である場合を慮って、予備的に解雇の通知をし、右通知は既に各申請人らに到達した。なお、申請人のうち傅法谷については、到達したかどうかについて明らかでないので、昭和五七年四月二一日の本件審尋期日に口頭で解雇の意思表示をした。

以上のとおり、本件の解雇は合理的な理由によってなされ、かつ組合と十分協議を尽してなされたもので正当なものである。従って申請人らは解雇によって従業員たる地位を喪失している。

四  被申請人の抗弁及び主張に対する反論

1  被申請人の抗弁及び主張1及び2(一)ないし(五)は争う。

(一) 会社は、伸鉄業界が将来性のない業界であると主張するが、伸鉄産業は、本体である鉄鋼業の生産活動(鋼の生産)にともない必然的に生じる鋼のスクラップを鉄鋼第二次製品として再生加工するために絶対不可欠の業界であり、鉄鋼業界が消滅しない限り、絶対に消滅しない業界である。

従って、伸鉄業界の企業は、鉄鋼業界の主力メーカーと資本系列で直結している限り、その鉄鋼主力メーカーが、取潰しを決定しない限り、決して潰れることはない。そして鉄鋼主力メーカーが、伸鉄小会社企業を潰すか存続させるかを決定する判断要素は、「より以上儲けるに有用か否か」だけである。

(二) 会社は、倒産必至を主張するが、そうでないことは前述のとおりである。また会社は伸鉄業界の不採算性を主張するが、不採算性が言われているのは伸鉄メーカーよりむしろ電力を湯水のように費消する電炉メーカーであり、その点で伸鉄メーカーが大いに有利であることは業界の常識に属する。だから電炉メーカーのコスト高により伸鉄製品の価格が上昇しており、それによって伸鉄メーカーの将来は大いに明るい。

また会社は品質を理由に伸鉄製品の需要が目に見えて激減しているように言うがそのような事実はない。

更に会社は、材料仕入価格と製品販売価格に屯当り二万円の差が必要である旨主張するが、もともと右価格を決定していたのは会社でなく川鉄商事である。従って、右価格は川鉄商事の一方的政策によって定められたもので、根拠のない数字である。現に、会社の説明によっても、昭和五四年六月度は材料仕入価格と製品価格の差が一万八一〇〇円であるが、利益をあげている。

(三) また、会社は、休業を繰り返したこと、特に昭和五六年一一月以降「休業を長期化」したことを以って、会社が倒産必至であることの徴表であるかの如き主張をしているが、この点は全く真実に相違するのであって、休業イコール倒産のサインではない。即ち、伸鉄業界において、会社の休業は全く珍しいことではなく、市況の需要に応じた価格調整、生産調整としてむしろひんぱんに行なわれている。会社においてもその例外ではなく、過去何回も、操業短縮、休業等を行なって来たのであるが、これも、会社の経営の悪化というよりもむしろ市況の需給関係に応じた生産調整なのであって、現に従来の休業はすべて短期的一時的なものでありこれが、直ちに倒産に結びつくことは全くなかった。特に冬から春にかけての時期は、伸鉄業界が一般に需要が低下し、在庫が増加するのが毎年の例であり、この時期の休業は、春先までの短期的一時的なものであって、なおさら倒産に結びつくものではない。

右のとおり、会社の主張は理由がなく、本件解雇は会社を完全に支配する川鉄商事がその貪欲な意図によって、恣意的に決定し、会社をして断行させたものである。

2(一)  同3の(一)ないし(三)の事実は否認する。特に会社が昭和五六年一一月の団体交渉の席上六項目をあげて説明したとか、佐藤委員長がこれを認めていたかの如く発言したとか、昭和五七年一月組合役員に対し業種転換及び業界不況の説明をしたと主張する部分は全くの虚偽である。

(二)  同(四)ないし(七)の事実は争う。

(1) 会社は、一月一八日、一九日、二〇日に団体交渉を行ない、解雇の必要性を説明したというが、これは一方的弁明であって団体交渉ではない。なぜなら団体交渉とは、労使が対等の立場で案件を事前に協議し、合意を得るための手続であって、結論を一方的に決定し通告してしまった後ではその案件については、団体交渉などという概念自体が存しないからである。

また、解雇の必要性を説明したと言うが、その実態は、組合が求める必要最少限度の開陳すらかたくなに拒み、わずか一枚の意味不明の「計算書」らしきもの(<証拠略>)を示しただけであり、口頭説明とて肝心の点はひたすら沈黙する不誠実なものであった。

(2) 会社は一月三〇日にも団体交渉を行なったというが、この団体交渉は、資料を求めれば「御勘弁いただきたい。」なぜ事前に話し合いをしなかったのかと尋ねれば「申し訳ない。」、今後とも協議を続けようと言えば「結論は変らない。」の一点ばりで不誠実なものであった。

しかも、一月三〇日団体交渉において、会社側は本件会社解散、全員解雇は、川鉄商事において決定されたこと、社長合津ら会社役員では解決の能力がないことを認めるとともに、組合に事前に協議をせず、一方的かつ突然に会社解散、全員解雇を強行したことの非を認め、申請人ら組合に対し、謝罪に及んでいる。

(3) 二月二四日、三月一七日、四月八日にも団体交渉がなされ、その際ある程度の資料の呈示を行なったことは事実であるが、その一連の対応は余りにもアリバイ的であり協議は全くなされていない。

3  同4及び5の協議義務違反の瑕疵の治ゆ並びに予備的解雇については、予備的解雇の通知及び意思表示のあったことは認めるが、その余は争う。

(一) 協議は全く尽されていない。

事前協議は、単に組合に対して一応の説明をなすに止まらず、具体的な資料に基いて、通常人ならば充分に納得のゆく程度に説明をする必要のあるものであるが、本件の場合には、会社は、役員構成、資本構成、営業活動等あらゆる面で大資本である川鉄商事の影響を強く受け、また会社所有の不動産には何らの担保権の設定もなく、会社の資産をいくら低く見積ったとしても会社の主張する負債部分は優にまかなうことができるという事実等から、少くとも川鉄商事の会社に対する材料卸価格、製品買入価格の妥当性、会社の負債の発生原因、その種別、それぞれについて金額、債権者氏名等最も基本的な事項については、詳細かつ具体的な資料を呈示し、また例えば減価償却費等机上の計算に基づく負債項目については、その対象となる物件及び物を特定し、それらの購入金額、購入時期、更には算定方法を具体的に示しつつ、全体として倒産回避のため回転資金を増加させ負債を減少させる措置をとりえないのか否かについて合理的説明をなすことが少なくとも必要不可欠であると言わなければならない。

ところが会社は、右の肝心な点に関わる資料について一切開示せず、それどころか、これ以上開示する必要もないと主張している。右のようなことで、解雇の合理性について、客観的裏付は全くなされていないものと言わなければならない。

(二) また、一月二〇日付解雇を撤回せず、申請人らに所定の賃金すら支払わないでなされた協議は事前協議とは言えない。即ち本件の如き解雇に際し、事前協議を求める理由は、整理解雇、倒産については労働者に全く責任がないにも拘らず、生活の基本を根底から奪われるという重大な結果をもたらすからであり、また労働組合が事前の協議を求めるのは、納得のいく充分な協議ができるのは、会社に雇用され賃金を保障されている時期以外にないからである。従って、会社が充分な協議を尽す義務を法律上負担するものである以上、その結論が明らかであっても労働者との雇用契約を存続させ所定の賃金を支払う等協議を実効あらしめる措置をとる義務があり、右手続をしないでなされた協議は申請人らの主張する事前協議とは言えない。

従って、被申請人の解雇の主張は全く理由がない。

第三当裁判所の判断

一  疎明資料と争いのない事実によると、次の事実が認められる。

1  会社が、ほぼ申請の理由1及び4(一)記載のとおり(ただし4(一)のうち、会社がその運用資金の一切を川鉄商事に依拠し業務運営の基本方針がすべて川鉄商事において決定されていること及び同会社の完全支配下にあることを除く。)であり申請人ら及び組合が同2記載のとおり(ただし、賃金の額を除く。)であり、会社は、昭和五七年一月一八日会社を解散するとして、申請人らを含む全従業員に対し同年一月二〇日付で解雇する旨の意思表示をなし、同年一月二四日株主総会において会社解散の決議をし、同年二月五日解散登記をし、目下清算中である。

2  会社は、昭和五二年いわゆる石油ショックの影響により経営が悪化し、昭和五二年六月三〇日現在で累積赤字約二億円を計上し、そのため人員整理をし事業を縮小して再出発をし昭和五四年六月度、昭和五五年六月度と一時期黒字を出すこともあったが、累積赤字を解消するには至らず、その後昭和五五年後半頃から不況となり、昭和五五年九月頃から生産調整に入った。

3  そして昭和五六年一一月より昭和五七年一月二〇日まで操業を停止し、一時帰休に入っていたが、昭和五七年一月一八日全従業員を招集し、その席上で、全く突然に、会社を解散するとして、申請人らを含む全従業員に対し同年一月二〇日付で解雇する旨通告した。

4  そして本件仮処分申請となったのであるが、会社は更に同年四月一五日申請人らに対し同年四月二〇日付で予備的に解雇する旨の意思表示をなし、更に、申請人傅法谷洋悦に対し昭和五七年四月二一日予備的解雇の意思表示をした。

二  そこで、まず昭和五七年一月二〇日付解雇について検討する。

1  まず、労働協約について検討する。

(一) (証拠略)によると、昭和五二年七月、会社は経営の悪化により、人員整理、事業縮小をすることになり、組合と団体交渉をしたが、その際右人員整理等の問題の外に事前協議の問題が討議された。そして前後四回にわたり、延べ五時間も討議した結果、昭和五二年七月二九日の団体交渉の席上、地区労江田書記長の発案で「次の言葉を社長の発言としてまとめたい。事前協議制の協定書はあえてとり交さないが、従来通りあらゆる労使問題に関して充分協議して行くことに変りない。」との発言があり当時の社長藤田貴一郎が「分った。」とこれを了解し、その旨団交議事録(<証拠略>)に記載され、組合長佐藤領成、会社社長藤田貴一郎がこれに署名捺印した。ところで、右について、その文言の曖昧さからその解釈が分れるのであるが、右団交議事録によると、右江田書記長の発言として、「今回は上記の精神(あくまでも労使協調が基本であり、あらゆる問題について従前どおり協議して対処するが、しかし協議がととのわない場合は会社にまかせる。)に則り協定を結ばずに行う。」との記載があり、これらを検討すれば、右団体交渉では正式な労働協約が締結されたものではないが、労使間のあらゆる問題について従前どおり協議して対処する旨の事前協議の労使慣行が確認され以後会社と組合とは、右労使慣行に従って、一時帰休の問題等についても、労使間で協議がなされ、特に昭和五六年一一月二〇日には休業予定日の変更について一週間前までに通知する旨の労使協定書(<証拠略>)まで作成されていること、即ち会社と組合との間には、労働協約と同視しうる程度に労使間のあらゆる問題について事前協議をする旨の労使慣行が確立していたことが認められる。

そうすると、本件のように会社の解散、従業員の全員解雇という重大な事態にあたっては、会社は確立された労使慣行として、組合に対し誠意をもって全員解雇の必要性や正当な理由、ひいてはその原因である会社の解散について通常人の納得のゆく程度に説明し、これについて組合と折衝し、組合の要求も検討する等、解雇の意思表示をする前に事前協議をなす義務があり、これをしないでした解雇の意思表示は、特段の事情のない限り、労使間の重大な信義則違反として無効であると解される。

(二) 右に対し、会社は解散による解雇については協議義務がない旨主張するが、会社の解散と労働契約上の法律関係とは全く別個の法律関係であるから、株主総会が解散の決議をしても、労働契約上の法律関係に直接その効力を及ぼすものではなく、労使慣行により保障される労働者の権利が一方的に剥奪されるものではない。また会社は、解散にともなう解雇は、会社解散の必然的結果であって、組合と協議する意味がない旨主張するが、炭鉱の閉山等により組合と協議しても意味がないこと明らかな場合を除いては、組合と協議することによって、従業員の権利利益を守ることができる場合もあるから直ちに会社の解散にともなう解雇であるからと言って、協議する意味がないものでもない。しかも、累積赤字が約二億円あると言っても、(証拠略)によると、これを上廻る財産があり、かつ前記認定のとおり、会社は、川鉄商事の系列下にあって、或る程度の信用が担保されていることが認められる場合においてはなおさらのことである。また、昭和五七年一月二〇日付の解雇は、会社の解散決議前のものであって、会社の解散による解雇ではない。従って、右主張は採用できない。

2  次に右解雇について相当な事前協議がなされたかどうかについて検討する。

(一) 昭和五七年一月一八日から同年一月二〇日までの三日間延べ二一時間にわたり、団体交渉が行なわれたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、わが国における伸鉄業は、昭和四九年をピークに漸次悪化の傾向を辿り、業者の淘汰が行われ、その数も激減したが、業界の景気回復のきざしさえ見えず、会社としては、その生産を抑制することを余儀なくされ休業していたが、その損益状況は赤字につぐ赤字となり、このことは組合も了解していたことが認められる。

(二) しかし、(証拠略)によると、右団体交渉は会社も熱意をもって対処したのであろうが、あくまで会社の経理資料の公開を迫る組合に対し、会社が資料として示したものは、退職金において特別の取扱いをする旨の申入の外は、たった一枚のメモ形式の説明書(<証拠略>)と、全く不完全な再就職先紹介一覧表(<証拠略>)のみであってその余の資料は一切呈示することを拒否し、呈示されないまま一般論的な説明に終始し、具体的な問題にふれることもなく、また内容のある話合いもなされていないことが認められるのであるから、これでは、前記認定のとおり、伸鉄業界が不況であり、会社の経営状態が悪いと言ってもまだ財産もあり従業員の救済が考えられる余地を残しているのであることからみれば、会社の解散、従業員の全員解雇と言う重大な事実の説明としては手段を盡したものとは言えず、到底通常人を納得させるものとは認められない。

(三) もっとも、会社は、右団体交渉までにも組合に対し、休業、人員整理等の都度伸鉄業界の不況、会社経営の悪化等を十分説明しているので、組合としても、右解雇の事情は十分了解できる筈である旨主張し、これにそう陳述書、議事録等を提出する。しかしながら、企業の継続を前提とする休業や人員整理の協議と、会社の解散による全員解雇とはその重要さにおいて質量ともに同視できるものではないから、前記の如き説明があったとしても、直ちに(二)の如き協議をもって十分なものとは認め難く、またこれを認める疎明もない。

そうすると、右一月二〇日付解雇は十分事前協議義務を尽さないでされたもので、信義則違反として無効であるというの外はない。

3  次に一月三〇日、二月二四日、三月一七日の団体交渉による協議により協議義務違反の瑕疵は治ゆされたとの主張について判断するに、本件の資料によっては、右三日間の団体交渉による協議によって、一月二〇日付解雇が有効となるほどの事実が認められない。従って被申請人の右主張は採用できない。

三  次に予備的解雇について検討する。

1  昭和五七年一月二〇日付解雇が無効であること前述のとおりであり、無効とすれば、これを撤回しないで予備的解雇の意思表示をなすことは許される。また会社は昭和五七年一月二四日株主総会において会社解散の決議をし、同年二月五日解散登記をしているのであるから、右解雇は正に会社の解散にともなう解雇である。従って、右事実を前提として、昭和五七年一月一八日から右解雇までの団体交渉が、事前協議として正当なものであり、右解雇を有効ならしめるものかどうかについて検討する。

2  昭和五七年一月一八日ないし二〇日になされた団体交渉が事前協議として不十分であったことは前述のとおりである。

3  次に同年一月三〇日、二月二四日、三月一七日、四月七日に、解雇の状態のままで、団体交渉がなされ解雇の問題について協議されたことは当事者間に争いがない。

このうち一月三〇日の団体交渉がそれまでの続きの形でなされ特に資料も提示されることもなく平行線的交渉に終始したもので、到底通常人を納得させるものでなかったことは、同年二月一七日本件仮処分申請がなされたことからも明らかである。

また、(証拠略)その他の疎明資料によると、会社は弁護士のすすめもあって、二月二四日に過去五年分の決算書と法人税申告書を、三月一七日に決算書内訳書の一部を、四月八日に月別材料仕入明細表とコスト二万円の資料を提出して採算の点を中心に会社経営が成り立たないことを説明したこと、これに対し組合は、解雇した状態のまま組合員を困窮の場において団体交渉をしても正当な協議はできないとして一月二〇日付解雇の撤回ないし留保を求め、また解散し解雇しなければならないかどうかを検討する資料として財産目録、売上明細表等の提供を求めたが、会社側はこれらを拒否し、右の会社側の一方的説明の外は、平行線的議論で終始し退職金をどうするかとか、会社の経理はこの点が不当であるなど具体的な事実については議論されなかったことが認められる。ところで、会社の経営が成り立って行くかどうか、ひいては本件解雇が正当になされたものかどうか等の判断をするについては、会社の主張するように、会社の実績を当然に正しいものと前提して検討して行くことも一つの方法ではあるかも知れないが、これとは別に会社の財産状態を的確に把握し、従来の方法を再検討して行くのも一つの方法である。また、事前協議が要求される理由は、納得のゆく協議ができる客観的条件を確保する為には解雇前の余裕のある状態でなされることが必要であるとの理由にあることを考えれば、右組合の要求が必ずしも不当な要求とは言えない。

してみれば、解雇の状態のままで、会社の一方的説明に終始し、協議らしい協議もなされなかった右団体交渉をもって十分な事前協議がなされているとは言えないから、右解雇は信義則に反し無効のものと言わなければならない。

四  以上の事実によると、被申請人の主張する本件解雇は無効であるから、申請人らと被申請人との間の労働契約は依然有効に存続し、所定期日に所定の賃金の支払を受けうる地位にあると言うべきであるところ、申請人らの賃金が毎月二五日に支払われること、及びその支払を受けうる平均賃金が少くとも別紙第二賃金目録1欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

また、申請人らが主張する平均賃金のうち、右争いのない部分を越えるものについては、被申請人が本件解雇について右金員を平均賃金として供託した事実は(証拠略)により明らかであるが、右について会社は不正確なものであると主張し、これにそう(証拠略)に照して直ちに採用し難く、これを認めるに足る疎明がない。

右事実によると、申請人らは被申請人に対し、その従業員としての地位の確認を求める利益を有するとともに、本件解雇の日以降も別紙第二賃金目録1欄記載の賃金相当の賃金請求権を有することとなる。

五  そして、(証拠略)と争いのない事実によると、申請人らのうち家庭を持つものは一家の大黒柱として、未婚の者は婚期に達して安定した家庭生活の基礎を築くべき重要な時期にあり、ともに本件解雇により賃金を受けられないと、その経済的基盤を失ない、本案判決確定を待っていては著しい損害を蒙むる虞れがあり、仮処分の必要性が一応認められる。

しかしながら、本件は労働協約義務違反、労使協議義務違反、解雇の合理的理由の不存在、解雇権の濫用の事件ではあるが、前記認定のとおり、その本質は事前協議義務違反の事件と認められるところ、そうすれば、本件仮処分が認められるとすれば申請人らの地位も一応安定するところ、(証拠略)と、前記認定の事実によると、会社の営業状態の悪いことは組合も認めてきたところであり、かつ会社は資本金二〇〇〇万円、株主は三人(<証拠略>)、使用者側と目されるものも合津嘉宣と杉本和雄の二人である上、川鉄商事が会社と大きく関係していて会社関係者も少いことなど、会社並びに事件の規模から考察すれば、問題の点を検討し協議するについて当事者が誠実に対処すれば、さして長い期間を必要とするとは認められない。

六  以上の理由により、当裁判所は、保証を立てさせることなく本件仮処分申請のうち、申請人らの従業員たる地位を有することを求める部分と、賃金相当額の金員の支払を求める部分のうち、昭和五七年一月二一日から同年一二月三一日まで、被申請人の認める平均賃金に相当する部分の支払を命ずる範囲内でこれを認めることとし、すでに支払期を過ぎている昭和五七年一月二一日から同年五月三一日分に対応するもの(ただし、一月分は、一か月の平均賃金の三一分の一一)は、定額給付として一時支払を、同年六月から同年一二月までのものは定期給付としてこれを認め、これを越える部分は理由がないので却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 三宅純一)

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